2010年02月28日

芳賀紀行のアグレッシブな走りは昔からさ!

 
2010年ワールドスーパーバイクが
開幕しました。

 

芳賀紀行には
今年こそタイトルを獲って欲しい。
っていうか本人が一番思ってるだろう。


僕が芳賀紀行の名前を知ったのは、
1996年の鈴鹿8時間耐久ロードレースで
優勝したとき。


そのときは、
コーリン・エドワーズと組んでの
史上最年少コンビ優勝と言われてたなぁ。


時は流れ、
芳賀は毎年、世界でタイトルを期待される存在になり、
エドワーズもベテランGPライダーになった。


あのときの八耐優勝から
芳賀の速さが開花したように感じる。


まぁ、それ以前は
レース自体に興味なかったから
知らなかっただけですけどね。


でも、
当時全日本では最速だった青木琢磨と
互角以上の走りをするようになったのは
八耐からだと思う。


1997年に
武田雄一とタイトル争いを演じ、
見事全日本タイトル獲得。


1997年のレースで印象に残ったのは、
富士スピードウェイでのレース。


富士の最終コーナーから
ゴールラインまでの直線は長い。
最終コーナーは2番手で立ち上がらないと
スリップを使われて抜かれるから優勝できないのだ。


でも芳賀は
ずっとトップで走ることにこだわり、
結果はスリップを使われ武田に抜かれて2位。


レース後のインタビューで、
優勝した武田は悔し涙を流し、
2位になった芳賀はスッキリした顔をしていた。


プロレーサーとしてどうなのかは
分からないけど、
観ている僕は面白いレースだった。


とにかく
速さにこだわる芳賀は
転倒も多いイメージがあるけど、
あのアグレッシブさはとても感動的だ。


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posted by タビト at 08:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 芳賀紀行

2010年02月27日

玉田誠の2004年、ライダー人生のピークを超えろ!

 
“玉やん”こと玉田誠の
ライダー人生のピークは
今のところ2004年だと思う。


 


もちろん、
これから再び活躍することを期待してます。
特にホンダへ復帰した今年はね。


2003年当初、
ホンダワークスのGP250からの参戦が噂されていたが、
加藤大治郎と同じ舞台で走りたいという思いから
ホンダとの契約を解除してブリヂストンと契約(?)。


ブリヂストンタイヤの開発をしながらの
モトGP参戦。


2003年は一度3位表彰台獲得。
モテギでも表彰台に上がるが
後で失格となる。


2004年は、
GPデビュー2年目で、
初優勝を飾った年。


親友だった加藤大治郎の誕生日の7月4日、
ブラジルのリオGPでのこと。


その玉田の初優勝を見届けた3日後、
病気を患っていた母親が息を引き取った。


その年のモテギでは、
シーズン2勝目を上げる。


トップを独走していた玉田、
現地での『玉田の前には、加藤大治郎が走っているのでしょう』
という実況には涙が出そうだった。


玉田は、
大ちゃんには一度も勝てなかったという。


だから玉田は
自分がチャンピオンになれば
自分よりも速かった大ちゃんは
確実にチャンピオンになっていた。


ということを証明するために走っている、
ということを
テレビで語っていたのを見た。


2005年からはタイヤをミシュランに変えたせいか、
新チームになったせいかは素人の私には分からないけど
表彰台にも上がれない状況が続いている。



玉田がレースをはじめたばかりのころ、
玉田の父親は病気で入院しなければいけない状況だったのに、
自分が入院したら玉田をサーキットまで
送っていく人がいないから入院しなかったという。


そのためかどうかは分からないけど、
今は亡くなっている。


大ちゃんのこともそうだし、
いろいろなものを背負って走っているんだなぁと思うと
応援したくなるんだよな。


ホンダへ復帰した今年、
いきなり開幕戦欠場だけど、
今年結果を残して来年はもっといい体制で参戦できるように
がんばって欲しい。


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posted by タビト at 06:35| Comment(22) | TrackBack(0) | 玉田誠

2010年02月23日

玉田誠の歯車は噛み合うのか

 
“玉やん”こと“玉田誠”選手は、
2005年からついてないね。


今年はすでに、
開幕戦に欠場することが
決定してしまったし。


年齢はすでに33歳になったけど、
まだまだいけるはずだと思う。


僕が玉田を知ったのは、
全日本時代にワークスキラーと
呼ばれていたとき。


ワークスについで
4位になることが多かったようなイメージが
あります。


だけれども、
ワークス入りできない不運なライダー
なんてイメージもありましたね。


全日本のスーパーバイク時代も
こんだけ活躍すれば来期はワークス入りだなって思っても
プライベーターのままだったり。


最終的にはホンダワークス入りするんだけども、
モトGPへ行くためにホンダとの契約を
自ら解除してしまった。


ちょっとかっこよかった。


けども、
着実に250ccからいけばいいのになんて
当時は思ったものだけど。


でも結果的に、
そのときの玉田の判断は
2004年の初優勝に繋がったんだよね。


 


でも、
2005年に所属したチームが
ちょっと・・・で。


そこから歯車が狂ってきたような。
でも、
今期から再びホンダへ復帰。


再び歯車が噛み合うことを願います。



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posted by タビト at 05:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 玉田誠

2010年02月20日

永遠のヒーロー

 
僕にとっての永遠のヒーローは
なんといっても
“ノリック”こと阿部典史。

 

GPを観るきっかけが
ノリックのGP初優勝だったのもあるかな。


あるバイク雑誌の読者のコラムで
ノリックの優勝を見て
漫画“バリバリ伝説”の巨摩郡を思い出した。


とか書いてあったのに興味を持って
レース好きのバイブルである(?)“バリ伝”を
すぐさま購入。


泣きながら読んだあと、
当然、レースの魅力にどっぷりはまっていくわけで、
その過程で外せなかったのがノリック。


もうノリックは終わったとか思うと
トップ争いとか時には優勝したりするんだもんさ。


それはもう、
麻薬みたいなもんで(もちろんやったことないです)
ノリックファンを抜け出せなくなってしまったのです。


でももう、
ノリックはいないんだよな。
レースを辞めてても生きてて欲しかった。


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posted by タビト at 06:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 阿部典史